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さらば宇野比呂士

2018年04月07日 18:34

もう随分会っていない漫画家で宇野比呂士という先生がいる。
いや、いた。もう会うことは出来ない。
それこそ駆け出しの頃にアシスタントに行ってそこの連中とも楽しくやっていた。
当人も明るい人だった。
いい思い出である。

先日八王子の自宅にて孤独死の状態で発見された。
前述のアシ仲間でいまだに付き合いのある鋼屋氏からの連絡で知った。
享年は55と聞いた。
残念と言うほか無い。

adieu camarade.
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「魔女っこ姉妹ヨヨとネネ」は大傑作である

2018年03月04日 00:03

往々にして映画というものには暗号(コード)が隠されているものである。
こないだの「最後のジェダイ」なんかもそれで、半可通のファンにそれが分からなかったもんだから評価が真っ二つに分かれた。
人気ラッパーですら読めなかったのだから仕方ないのかもしれんが。
この「魔女っこ姉妹ヨヨとネネ」もまたそういったコードが隠されている。
正直それが分からなければこの作品の感動はそれほどでもないかもしれない。
僕自身「たかが日本のアニメじゃ~ん。気楽に見るべえ、げへげへげへ」と鼻をほじりながら横になって見ていた。
ケーブルテレビでやってたのを録画し、それををげへげへ見てたのである。その時点では「まあ普通に面白いでヤンス~、げへげへげへ」って感じだった。
それが中盤から終盤にかけて「な…なんだこれはッ!?」と困惑し、クライマックスでようやくコードを解くにあたり涙なしには見れなくなるという始末。
凄いッ!日本のアニメでもこんな芸当の出来る脚本があるのか!!
感動すること間違いなしである。

ただし日本人に限る。

それもあのとき日本にいた奴に限る。

自慢じゃないが僕には愛国心なんてご大層なものはない、が、この作品を見てしまったら日本人であることを強烈に意識せざるを得ない。
このコードは隠されてなどいない。ただ台詞では語られないだけで見れば分かる。
逆に見て分からない奴はかなり、まずいぞ。いろんな意味で、ヤヴァいぞ。

こんな作品が、2013年に公開されていたなんていろんな意味でどうかしてる。
マジでスゲー。
数年前に我が国にかけられた呪いをたかが一本のアニメで解くことは出来ないが、いまだに傷つき苦しんでいる人たちを少しは癒やせはしないか、そんな願いがコンセプトであることは明らかだ。

これに似たコンセプトの映画を一つ。
「イントゥ ザ ウッズ(into the woods)」ディズニーがディズニーの、あのディズニーが、マジであのディズニーが、作った2014公開のミュージカルだ。これもアメリカの抱えるトラウマがコードになっていて、それに気づかなければ「なんのこっちゃ?」という感想しか出てこない奇妙な映画だ。ただしこっちはダウナーな気分で終わるけどね。

閑話休題。
結局新品のブルーレイをポチったよ。中古じゃないよ、クソ高いアニメの円盤だよ。
作品に敬意を表すにはゼニを払うことだよ。漫画もタダで読むんじゃねえ。
今3度目の視聴が終わったところなんだよ!

さて、以下はネタバレだ。


















2013年という数字自体にさして意味は無い。
あるのは3.11のわずか2年後であると言うことだ。
この作品の企画段階はおそらくまだ11年だったろう。
16年の「シンゴジラ」ですらカタストロフに傷つく人たちの描写がの無かったのに、この作品では容赦が無い。
見終わってから気付くが冒頭のシークエンスでもうそのヒントは提示されている。
「水のモンスターが襲ってくる」。

さらに魔法の暴走で被害に遭った街の俯瞰はどう見ても家を土台から根こそぎ持って行かれた津波の跡である。

小学校ではまさに「地震」の描写があり、ヨヨが守った病院なんかは余震に怯える描写そのものだ。

だが勘違いしてはいけない。東日本大震災をテーマにしているから凄いのではない。
その時の経験が物語のドラマ部分に直結していることが凄いのだ。

そもそも僕は魔法と言うジャンルがあまり好きじゃない。
論理性に欠けるからで、エネルギー保存の法則はどこに行ったんじゃあ?といつも突っ込みたくなる。
ハリポタが好きなのは作品の本質がファンタジーと言うよりはミステリーだからだ。
「魔女っこ姉妹ヨヨとネネ」でもその突っ込みをしたくなるが、見事に躱される。
魔法では何でも出来るので、主人公のヨヨには「死別」という概念がない。
だから現地横浜の人たちと恐怖という感情を共有できないでいる。
ビハクという飼い猫(ペット?猫?)の死に直面して初めてその気持ちを共有させるくだりは涙なしには見れぬよ。
3回見て3回泣いたよ。見るたびに涙の量が増えてくよ。動物を死なすのはずるいよ。死ななかったケド。

これで主人公への感情移入と危機感の共有が出来、さらに飛び出すクライマックスでの金言!
「どんな魔法もわがままばかりでは呪いになる」
相田みつをのカレンダーにそんなの書いてなかったか?
こんな金言が事件の謎を解く鍵になっているのだからもう降参するしかないのであります。
その直後に他人の安否を気遣う人々の思いが呪いを解いてしまうところも涙なしには見れぬよ。3回見て3回泣(以下略)

このカタストロフに遭った人たちを救うドラマの裏側にあの震災の記憶があるのだ。
単なるメタファーではない。
明らかに制作者は「救いたい」と思っている。それを読み解くコードはいくらでも見つけられる。

その一番でかいのがヨヨが行った最後の魔法である。
魔法石が砕けた時点で戦いはもう終わらせても良かったのではないか?と構成上感じるのだが、決して蛇足ではない。
むしろこれが一番大事。
問題の惨事を引き起こしているアプリゲーム、これは何か!?何のメタファーか?
「原発」
それもかなり好意的に解釈している。「人の幸せのために作られたもの」と言う位置付けなのだからね。
現実にはかなり疑問だけれど。
それでヨヨは言うんだ「この世界を浄化します」と。
逆に言えば「魔法がなければ浄化できない」のだ。放射能って奴は。

でも作中こうも言っている。

「魔力が無ければ魔法が使えないと思ってる?」

公開から5年も経ってからこの傑作に出会うとは、俺もヤキが回ったぜ。
こんな描写がいっぱいあるから、地上波放映はやっぱ無理なのかなあ。
ヨヨとネネだのヨネさんだのネーミングの源流は(ヨミさんのルックスでなんとなく想像できるんだけれど)あのセクシーな黒髪の美しい眼鏡魔女だヨネ。

イヤ、もうホント、金を出して見る価値がありまっせ!

危うく

2018年03月02日 11:16

ころころパスワードを変えさせられているとゼッタイ忘れちゃうよな。
危うくこのブログ無くなるところだったわ。
ころころと言えばあの編集者が飛べばいいのにと思いつつ、謝っても反省しないで欲しいなあ。
馬鹿をやる子供の品性に合わせてこその漫画誌だからね。

パソコンは何か軽くトラブってるし。
メモリのメーカー確かめようと蓋外した後起動したら動かないでやんの。
接続を確かめて再起動したら動いてこうしてキーボード叩いてるんだけど、ケースファンが回ってね~。
これからメモリとストレージの増設しようって時にい~。

最近見てエライ感動したアニメについて後で書こうと思うのであります。

最後のジェダイをほめてみる

2017年12月21日 13:13

ブログを放っておくとどうやら生死不明になりかねないので何かあったら書こう。

さて期待の新しいスターウォーズが公開されたね。
昨日観に行ってきました。
最近立川の爆音上映が気に入って行くならシネマシティにしてます。
正直、3Dより感動するわ。

一応結論から。

僕は結構楽しんじゃいましたよ。
実はJJエイブラムスの作品は好きなんだけれども(LOST全部見たんだぜ)フォースの覚醒はそれほど感動しなかったんだ。
新しいスタートレックの方が全然いい。

それに比べたらフォースの覚醒は既視感だらけの、要は新鮮味に欠けた作品だった。
JJですらスターウォーズの続編はこの程度なのか、と落胆した次第で。
新しいキャラクターたちは好きになりましたけれどね。

大事なのはそこだ。

フォースの覚醒で描かれたのは新しいスターウォーズではなく、そこに現れた新しいキャラクターたちの出会いだったと思うんだ。
そう考えたら今回の最後のジェダイ、ちゃんとしてなくねーか?


ネタバレを含みつつ書きますのでご容赦を。



上映中ヒッジョーに楽しんでいた僕だが帰って頭を整理する前にいろいろ批評を聞いちゃったのね。
在宅勤務なんで仕事しながら案の定タマフルを聴いたわけですよ。
したら、宇多丸のまあ酷評してること、そしてそれがちゃんと腑に落ちること。

持論として賛否両論ある作品は非の方が正しい、と思っとります。

これの上に立つと今回のは×って事になりますね。
じゃあ僕が感動したのは何にだったんだろう?

批判する方々の言うグダグダな展開やすべて無駄になるストーリーは本当に無駄だったのか?
カジノの下りは丸ごとカットしても良かったのか?

無論僕はそうは思わない。

今回の作品を読み解くヒントは途中出てくるヨーダの台詞にあると思う。
ルークはベンを導くことが出来なかった自分をマスターの資格がないと思い、レイに何を教えていいか分からない。
だがヨーダは「すべてを教えれば良い。失敗を含めてな」と言う。
実はアレ、あの台詞が一番感動したのね。

そう、「失敗」である。

グダグダと表される反乱軍の敗走、無駄だと言われるポーやフィンの行動の数々、ストーリー上ほぼすべてまるっと失敗している。
やることなすことうまくいかない。そしてそれが尺の限られた映画の中で見せられれば無駄に見えるのは仕方のないことだ。
だがそれは失敗を無駄と捉える価値観がそうさせてはいまいか?

ヨーダはさらに言った「失敗が最も良い勉強なのだ」とも。

クライマックス、やはり無駄と言われるポンコツスピーダーでの突撃シークエンス、あそこにそのテーマが収斂されている。
散々上司の命令を無視してきたポーが、フィンにそれをやられ、フィンは兵士でないローズに勝利の意味を諭される。
間違いなくこれでこいつらは大きく成長する。
最終的にファルコン号に乗れる程度の人員しか残らなかった反乱軍で次期リーダーは間違いなくポーになるだろう。
当然フィンは良きサイドキックとなるだろう。
スノークを殺したベンは権力を握り、肉体を失っても現れることの出来るルークに鍛えられたレイはジェダイナイトになるだろう。

つまりフォースの覚醒が「出会い」だったなら最後のジェダイは「試練」だ。
新しいスターウォーズサガが主要メンバーの人生譚であるならばきちんと順を踏んでいる。
そうなれば最終章は、どう呼ぶかは分からないがおそらく、「大成」と言うことになるのではないか?
最高の状態になったあいつらが宇宙で激突する話ならチョー観たい!!だろ!?

そしてカジノね。
ご都合主義的展開ではあるが映画だし、まあ許そう。
あそこのシークエンスで描かれたのは
1、宇宙を敗走するだけの同じ絵面の映画にしないため
2、反乱軍の戦いが市井の人々に影響を及ぼす事を見せる
3、フォースの覚醒を待つ子供たちはいる
4、戦争、ダメ、ゼッタイ
カットしない理由は十分じゃないですか。

そのフォースを使った少年、彼が再登場するかは分からないけど、こういうのを生かすには下手をすると一気に物語は10年くらい飛ぶのではないか?下手すりゃ新しい主人公が出てくる可能性すらあるのではないか?
今までのスターウォーズとしてのお約束をことごとく破った本作に続くの次の話は全く予想がつかないぞ?

と、次回に大変期待を持たせる作りに徹底してると僕は思うのね。

世間では評価の高いと言われる帝国の逆襲、あれ嫌いじゃないけど僕の評価は低いのね。
ネバーセイネバーアゲインとかロボコップ2とかと通底する退屈さがあって監督のアーヴィン・カーシュナー好きじゃない。
今回新シリーズの2作目に当たってライアン・ジョンソン監督は帝国の逆襲に倣って次回に気を持たせる作りに徹したのではなかろうか?人によっては退屈な部分も倣ってしまっているかもだが。
他にも納得のいかない部分はあるがそれをカバーできるほどの話ではあったと思う。確かにホイド提督はポーに作戦話しても良かったよね。話してもポーなら余計なことするだろうし。

最後にルークが活躍したのは見せ場でもあるけれど、消えてゆく古い人の新世代に見せつける矜持なのね。
あれは観客にとっては希望、登場人物たちにとっては乗り越える指標、制作者にとっては広げた風呂敷だ。

そーか僕は古い人間の見せる矜持って奴によわいんだな。スカイフォールもそうだったしな。

さあ、どうするJJ?
僕は期待しているぞ!!




近況

2017年12月19日 13:37

すんません。
特に書くこともないからほったらかしにしてました。

背景屋として少々忙しいです。
なので宣伝。

小学館から出ている
「日本史探偵コナン」シリーズ

1巻以外の表紙の背景、線画だけですが、を描かせていただきました。
本編の背景も割と描いてます。
八神健先生の作中背景は僕の担当でした。
それ以外も描いたりしてます。

それでそこそこ忙しいです。

ありがたいことです。

では来年こそ良い年でありますように。


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