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理屈民族

2009年10月26日 10:00

第二回目の「岡田斗司夫の一人夜話」に行ってきたです。
前回は仕切り直しの一回目だと言う事もあってかいつもとは違う感じもしてたけど、今回はいつもの通り岡田氏の「喋りたい事」の全開トークでありました。
ぶっちゃけ、前回の三倍の面白さはあったと思う。

内容に関しては行った者が独占すればいいわけで特に語る事もないですが、強いて言うなら
「ガンダムは劇場用三部作から駄目になった」
という認識は僕と同じでした。僕はもっと違う観点からだけど。

岡田氏のトークは面白いです。彼は自分や自分の話を面白がる人たちの事を「理屈民族」だから、と言います。理屈をこねくり回して、自分が納得、安心できるまで考え込み、それが楽しくて仕方がないタイプの人たちの事を指します。
そう言われて返す言葉もない俺に気付く。
その証明を一つ。

岡田氏の話が面白いのはなぜだろう?と思う。
その理由が分かった気がします。
岡田氏は自分のこのイベントを「いや、俺はもうこれを落語だと思っているよ」と言った。
それで腑に落ちたのですよ。

僕は伊集院光のラジオが大好きです。漫画家は皆好きと言っても過言ではないくらい。
個々のはがきのコーナーも楽しいがやはり彼のフリートークが断然面白い。
彼の面白さの根っこにあるのは男の子のコンプレックスという共通認識だ。
彼のラジオを聞いているとモテなくても不器用でも楽しくやって行けそうな気がしてくる。
駄目なものは駄目、出来ない事は出来ない、それを認める事で生き方に筋を通しているからです。

筋を通す、これに必要な事は何か?

それは「理屈」である。
伊集院光氏もまた理屈民族なのであります。

だが二年ほど前伊集院氏はラジオで「岡田斗司夫が嫌い」と言い放った。
岡田氏がダイエットに成功していかにデブが駄目な存在かを力説したからです。
デブをコンプレックスとしてそれを武器に笑いを取れる伊集院氏がデブを批判されて怒るのは矛盾していますよね。
その時ラジオで彼はその理由についてやはり「理屈」をこねくり回して自分の正当性を主張していました。

でも今思うに、それはやはり屁理屈だったのではないか。

それが分かっていたから後に伊集院氏は岡田氏に平謝りしたのではないかと思うのです。

彼らは同じ理屈民族で同じような波長のトークで僕らを楽しませてくれる。
決定的に違うのはそのベクトルではないかと思うのです。

伊集院氏は高校を中退し、三遊亭楽太郎に師事しましたがそれも途中でやめています。
でも持ち前の才能でここまでのし上がってきました。
前述の通りコンプレックスを武器にして、です。
それは落語を途中でやめた、ということも入っていると思います。

落語を途中でやめた伊集院氏が独自の切り口で世界観を構築してきた自負と負い目、それに対し岡田氏はそう言った負い目を一切持たず独自にトークを展開する。しかもその方向性を「落語」とさえ思ってる。

落語を捨てた者と、独自にではあるけれど落語に向かっていく者。
ネガティブさを笑いに出来る人とポジティブに話が出来る人。
真逆のベクトルが今は接近した状態になっているから聞き手としては両方楽しめるのではないかと思うのです。

伊集院氏が岡田氏を嫌いだと言った原因はデブを批判されたからではなく、あくまでもそれはきっかけに過ぎず、岡田氏の持つポジティブさにジェラシーを感じてたから、ではないでしょうか?
勿論それが悪い事でないのは言うに及びません。
そう言う感性こそが伊集院光の面白さの根元であって、俺ら駄目人間の癒しであるのだから。

そう思うと昨日の岡田氏の話に出て来た香山リカと勝間和代の関係ってこれに似てるような気がしてきた…。男勝間岡田と男香山伊集院…。

そんな事を考えていたらいつもより寝るのが三時間遅れました。
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