FC2ブログ

話題の事について

2012年07月30日 16:24

人間は歳を取る。
その人間が支えるシステムだってそうだ。
社会もまた「老いる」。
これに関して書き始めると随分長くなってしまうので割愛するが何が言いたいのかと言えば
日本は老いてしまった。って事。

老いの弊害は若い時に出来た無茶な事が出来なくなる事。
単純に衰えて出来なくなる事もあれば、学んだ事が邪魔をしてついついリスクの事を考え尻込みしてしまう事もあるだろう。
成長の頭打ち、なんてのもそうだね。

社会を生き物として捉えるのはあながち間違っていないと思う。
とはいえ普通の生命のように生殖行為をする訳じゃあない。
多分それは再生を繰り返して若返るんだと思うんだ。

近代史においてそれは二回。
明治維新と太平洋戦争敗戦。
これによって日本はドラスティックに変化した。
生まれ変わったのだと思う。

この変化に共通するのは他国からの干渉である。
そもそもこんな事を考えるきっかけになっているのは
「どんなに発展した国でも滅ばなかった国はない」という歴史の事実だ。
発展したのに何故滅ぶ?対策は打てなかったのか?
古代中世では国力が衰えたら他国に侵略された。だから滅んだのだろう。
でも発展した国が何故衰える!?

アメリカ、ヨーロッパ、そして我が国。
イケイケだったのも今は昔、もう予断を許さない経済状態に来ている。
だから思う。
多分かつての国もそうだったんじゃないかって。
民に生活させるために税金を投入しつつ、それに絡む甘い汁なんかを吸い続けるシステムは成長期には回ってもそれを過ぎたら単なる消耗戦にしかならないのではないか?
結果それが国を疲弊させるのではないか?
無論それだけじゃない。経済だけが問題じゃないのは分かってるけど長くなるのでおいておく。

今何を再生させなくてはならないか。

本筋突入。
老いて動かなくなったシステムはその子を救う事が出来なかった。
もう学校教育というシステムは終わっているのだ。

いろんなコメンテーターがものを言うけど皆気付いていてもなかなか言わない事があると思う。

学校を無くさないといじめ自殺も無くならない。

実に簡単な事だ。
敗戦直後や幕府の無くなったあとの混乱期には学校は民度を上げるのに大変効果的であっただろう。
でも高度成長が過ぎて終身雇用や大企業就職が人生の完成型でなくなった今それは同じなのか?

教育というものを真剣に考え直す時期などとうの昔に来ているのにそれを無視したためにこういう弊害が起きてる。
いじめの起こるシステムについては僕も思うところがあるのだがまた今度。

テレビラジオインターネット、いくらでも「授業」は提供できる。
学校のある現在でも貧富の差が学力の差になっている。
学校があるから親は教育を丸投げししつけすらなってない子供が増える。

僕はもう学校は要らないと思う。
教育の需要はあるはずだから教師は新たに生きる道を模索すればよい。
学校が無くなって困ったならまず親が学べ。

こういうドラスティックな変化があればシステムは再生する。
残念ながら前述の通り老いた日本はリスクを取ってこういう変化は起こせないのだけれど。

人間を変えるのは人間の自発的な変化ではなく、環境によるやむを得ないもの以外には無いのだと思う。
だからまずシステムの再構築が先何じゃないかと思うのですよ。
リスクなんて糞食らえ、って言ってね。
スポンサーサイト





最新記事