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ブライトさん曰く

2013年01月11日 15:43

近頃話題のあれです。ぶん殴ってヒトを躾けるアレの話。

当然のように体罰の是非が問われてるようですが、体罰を無くしちゃっていいものか?
体罰が禁止され、一度も殴られずに大人になる人がわんさといる社会が出来上がる。
痛みを知らずに一人前になる(なったとされる)大人ばっかりの社会が出来上がる。

これ、いい事なの?

俺、そうは思えないんだけど。
「一度も殴られずに一人前になった奴がどこにいる?」
そんなセリフがあったよね。

この議論には決定的に欠けている部分がある。
それは体罰、あるいは罰の与え方の「方法論」だ。

何故そこがスルーされるのか。
決まっている。
正面から問題と向き合う面倒さから逃げているからだ。
しかも相手は子供だけでなくその親も含まれる。
少子化で学校は生徒も欲しい。そんな大人の事情もあるだろう。

だから問題の起こりそうな部分をそっくり禁止して終わりにしてしまいたい。

これは80年代の「三ナイ運動」と全く同じ発想だよ。反吐が出そうだ。
事なかれ主義はまだ健在だ。

罰則の効果を科学的に検証したらどうなんだ?
予算も手間もかかる?

なら簡単な方法が一つだけあるよ。

卒業式前後に「お礼参りの日」を決めればよい。
その日に限っては教師が一方的に殴られる側に回るのだ。
三年分の恨みを卒業生から一度にまとめて食らう日だ!
無論、学校側にその理由は書面で提出、納得ずくでね。

体罰が本当に教育として生徒に伝わるのならお礼参りはないだろう。
でもただの暴力として生徒に捉えられたらアウト。

これで教師は体罰を与える際に「この拳骨に効果はあるのか?」考えるようになるだろう。
必然的に体罰は減るし教師もプロとしての尊厳を賭けて殴るだろう。そして殴られる覚悟も生徒に伝わるはずだ。

畢竟反撃を想定しない暴力というものは際限が無くなる。

いじめがエスカレートする理由はこれだ。
他人の痛みが自分に返ってくると思えば躊躇だってする。
返ってこないと分かってるから「迂闊に殴る」のだ。

そんなもの教育じゃあないよ。

もちろんこれは公然の秘密で。
学校は当然今まで通り問題の存在を全力で隠蔽したらよいだけである。



コメント

  1. 殷狼 | URL | -

    Re:ブライトさん曰く

    なんかいつの間にかエントランス場面の絵が変わってますがこの人ら誰なんでしょう?
    羽衣闘伝のキャラではない様ですが?

  2. | URL | -

    Re:ブライトさん曰く

    いつか正式にお目にかけられる日が来るとイイナ。

    なんて思ってます。

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