民主主義2.0

2009年12月03日 17:12

「岡田斗司夫の一人夜話」11月の内容は衝撃的でした。
人間の生きる意味、と題された話だったけど僕にとって一番惹かれたのはやっぱ
「人類の上位に存在する生命体」の事だったのだ。


かいつまむと同時に僕の解釈も入れてみます。
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●人間には本質など無い
いわゆる個性とか、個人という物はあくまで「その人の持つ情報」を「他人」が認識して初めて成立する物に過ぎません。
見た目で言えば、「顔」。
自分では鏡がないと見れないそれは他人が見て個人を識別するのに使う視覚情報です。
可愛いとかグロいとかは自分では判断できません。他人と比較する情報の中からそう言った感想が生まれるのです。
名前だって自分の物だけど声に出して使うのは他人ですよね。
このように自分の情報というのは全て他人の評価となるのです。その評価が多角的に増えクラスタ化した状態から「個性」と言う物が見えてくるようになるだけなのです。

絶海の孤島で死ぬまで一人暮らしする者に名前も個性も必要ないでしょう。
自分とは他人同士が認識し合って初めて存在が確認できるのです。
そのネットワーク内にいなければ人間としての価値は一切発生しません。残念ながら。
だから人は孤独を恐れ、かつ友人や恋人のいない人を小馬鹿にするのです。

つまり人間とは個々の持つ情報が主体なのであってヒト科の類人猿は端末に過ぎないって事なのです。
パソコンが壊れたら何を心配します?データですよね。
「情報さえ揃っていれば端末の種類は関係ない」。
それを利用したのが「影武者」ですね。振り込め詐欺なんて「息子だよ」という情報だけでお年寄りをだましてしまいます。

●じゃあ人間って何よ?
僕らはヒト科の類人猿の中に寄生する「ヒト意識という疑似生命」なのだと岡田氏は言います。
器と中身、モビルスーツとパイロットの関係です。
だから生物としての本能以外に喜びを見いだせるのです。生き甲斐とか、仕事とか。誰にでもあるでしょう。
それらは詰まる所何なのか、と言えば「情報の発信」に他なりません。
その発信のために学び、訓練し、実践していくのです。
それはどんな職業や学業も同じです。スポーツ選手はプロならではのプレーという視覚情報を観客に発信し、サラリーマンは事務作業で上司や顧客に発信する。
僕なんかはマンガという情報を発信するために頑張っているのです!頑張るだけなら誰にでも出来ると言うのは置いといて。 orz
ですから良い作品を書ければ嬉しいし、読者の反応があればそれは倍増するのです。メール下さい。

つまり我々疑似生命体の本能とは「情報の交換」なのです。

●情報の交換という本能
僕らはメディアであるに過ぎないと岡田氏は言います。でも考えたりするから歩くパソコンと言った所でしょうか。
従って「端末」という呼び方がよいのでは無かろうかと思います。
その端末に他人の言葉や著書、映像などの情報を受け入れ、自分の中で解釈し、覚え、誰かに伝える。
端末の役割はこれしかありません。
人間の生きる意味はこれなのです。
情報を「受け入れ」「考え」「保存」「伝える」、この四つ。

別に難しくなんかないですね。

美味しいラーメン屋を見つけたら、良い商品を見つけたら、嫌なことがあったら、同意して欲しいことがあったら、何かすてきなことを思いついたら、無茶な編集者に出会ったら、連載している雑誌がつぶれたら
「何をしたくなるか」。
それをすればいいのです。

類人猿の脳と言う端末の中にあるメディア、情報記録媒体にいろんな情報を出し入れ、保存することが僕たち「疑似生命体」の喜びなのだから、何かあった時、人に勧めたり愚痴をこぼしたりするのも正しいことなのです。

●上位生命体
なぜなら
僕たちという端末間にある情報そのものが、保存される個体数を増やし、それによって維持されます。
ウィニーで共有化されるファイルを思い浮かべたらわかりやすいですね。
維持、増殖は生命の定義です。

畢竟「地球上の情報は生命である」。

ミッシングリンクとか聖書にある神が人間を創ったとかいう件は大いに三流SF作家の脳を刺激しますよ。
もうだだ漏れです。
人間が食物連鎖から外されたのは純粋な地球種ではなくなったからなのでしょうか?


そしてついに登場したインターネットという存在がこの情報という生命体に体を与えることになるのではないかと思うのです。
光ファイバーと端末の増殖は飽和するまで続くでしょう。彼らは生きているので成長を続けていきます。
価値観の多様化は単細胞生物から複雑な細胞器官をもった生物への進化、と言えるのではないでしょうか。

そして僕は常々将来ネットは宗教化するに違いないと思っています。
ネットの論調が絶対だという世代が世の中枢を担う時代が来るのだと思うのです。
その予兆も見えていると思います。いわゆる「炎上」というのがそれです。
自由なはずのインターネットに排他性が生じ、匿名の発信者からのメッセージが「預言」化することもあるんじゃないだろうか。
明確に宗教とされなくても、論調と言う流れが決定するそれは社会のコンセンサスを得ているように見えるでしょう。
それは新しい、絶対的な力を道ながら、しかしより不完全な「民主主義」になるのではないでしょうか。

そして熱心な信者は他の天体に生命を見つけた時地球にある情報を分け与えようと
「何か」するでしょう。いや、現在だって電波だけは飛ばしているのだ。
地球で成熟した情報という生命体はその種子を他の天体に蒔きそしてその星で知的生命が発生し…。

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こないだアップさせた原稿を描きながら、寝る前布団の中でうだうだしながら、どう解釈したらわかりやすいかずっと考えてましたよ。
それがこれです。ね、僕の頭は三流SFでしょう。

それでもこの観点を元に現在発生しているいろんな事案を考察することで新しい人間学が生まれるんじゃないかと思います。

たとえば
●非モテで構わない人が増えている
ネットワーク環境さえあれば情報を分かち合い伝え合う相手に事欠かないのだから自然な流れなのではないかな。

●寂しさは伝染する
情報を「受け取る」「伝える」が出来ないためにストレスが溜まっていくのだ。

●買い物難民
結局これは宅配サービスを充実しなくちゃいけないという事に繋がる。
ますます人はネットに関わらなくちゃいけなくなっていくのだ。

そんな感じです。もっと書きたいことがあるのだけれどブログで長文書いてもねえ、と思うのでこれくらいにしておきます。


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